昼食後、高速道路の横から登山道へ入る

北山から下山後、雨滝山へ向かう
丁度、お昼なので雨滝山山頂で昼食にしようかと思っていたところ
「活魚料理」という看板が目に入った
そういえば目の前は海!
ここで新鮮な魚を食べないとどこで食べるん?
と都合の良い方に解釈し
「活き魚料理店」へ立ち寄る事にした
活き魚料理と言えば
刺身
新鮮な
刺身定食をおいしく頂き大満足♪
お腹も満たされ、再度、
雨滝山登山口を目指す
数か所、登山口があるようだが高速道路の横にある
津田登山口から登る事にした


▲東讃の山は海が近いので活魚料理店が多い
ついつい立ち寄ってしまいました^^;
刺身定食@800- 鮮度がよくておいしかった〜


▲高速道路の横が津田側登山口


▲タネツケバナ

■ 荒れている登山道
まずコンクリート道を登って行く
食べたばかりなのでキツイ^^;
コンクリート道が途切れ山道へ入った
猪さんの大運動会の跡が数か所あり道はボコボコ
おまけに歩く人も少ないのか荒れ気味だ
10分ほどで目の前に山頂が見えてきた
えっ!あそこまで行くの?と思うほど急峻な山容
急登が続くようだ
まず海の神様!金毘羅大権現が見えてきた
ここを過ぎると、急登の始まりだ
おまけに足場が悪く歩きにくい
だが所々展望が開け、素晴らしい風景に心が和む


▲荒れている登山道
こちら側から登る人は少ないのかなぁ〜


▲えっ!あそこまで登るん?


金毘羅大権現


▲展望が開けてきました

■ 石鎚山金剛蔵王大権現から山頂へ
急登を登り切ると大岩が見えて来た
ここを過ぎると
山の神様・石鎚山金剛蔵王大権現
周囲は手入れが行き届き、信仰の深さを感じた
石鎚山金剛蔵王大権現を過ぎると山頂は目の前だ


▲大岩付近は急登


石鎚山金剛蔵王大権現


▲白い椿が見頃でした

■ 雨滝城址跡
わずか35分ほどで山頂到着!
山頂は雨滝城が建立されていたので
野球でも出来るんじゃないかと思うほどの広場
ここで小休止・・・・・・

※雨滝城※
標高253mの雨滝山の山頂に築かれた山城。
長禄年間(
145760)に讃岐守護・細川氏に属する
安富盛長が築いて本拠とした。
その後天正にかけての120年間、東讃一円を治め、
京都にまでその安富の名を知らしめた。
天正十一年(1583)、
長宗我部元親の攻撃が始まると、城主・盛定は羽柴秀吉に
人質を出していたため、小豆島の仙石秀久の元に落ちた。
雨滝城を預かっていた老臣の六車宗旦は長宗我部軍に降伏したそうだ


▲雨滝山山頂と三角点


▲雨滝城跡


▲雨滝城址・説明板

■ 山頂を後にする
ついつい居眠りしてしまいそうな陽気の中
名残惜しいけど下山
金毘羅大権現まで足場が悪い道を慎重に下る
ここを過ぎると道幅も広くなり歩きやすくなるが
最後のコンクリート道は登りより
下りが滑りそうで注意が必要かな、と思った
雨滝山!登り45分下り35分のお手軽な山だった
さぬき市には東讃里山ボランティアガイドという
サービスも行われているので利用させて頂くのもいいかも知れません
今日は生憎、展望がイマイチだったが
歴史を感じる事が出来る、ニ座だった
里山は人々の原点かも知れません



※この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)、
数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。
(承認番号 平17総使、第596号)


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